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神社詳細
川勾神社 (かわわじんじゃ)
  
所在地住所 〒259-0124
神奈川県中郡二宮町山西2122
電話番号 0463-71-0709
FAX番号 0463-71-0709
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※ご注意:システムの構成上、地図のポイントと実際の神社の位置に多少の差異があります。

大名牟遅命   ( おおなむじのみこと )
大物忌命   ( おおものいみのみこと )
級津彦命   ( しなつひこのみこと )
級津姫命   ( しなつひめのみこと )
衣通姫命   ( そとおりひめのみこと )

1月1日元旦祭(がんたんさい)
1月15日筒粥祭(つつがゆさい)
[筒粥神事 (つつがゆしんじ)]
2月3日節分祭(せつぶんさい)
2月17日祈年祭(きねんさい)
5月5日国府祭(こくふさい)
[こうのまち (こうのまち)]
6月30日大祓式(おおばらいしき)
10月10日例大祭(れいたいさい)
[みそぎ祭 (みそぎまつり)]
[神幸祭 (しんこうさい)]
11月23日新嘗祭(にいなめさい)
12月30日大祓式(おおばらいしき)
毎月1日月次祭(つきなみさい)

[相模国二宮 川匂神社誌]
 御祭神
 大名貴命 日本の国土を御開拓なされた神様です。
 大物忌命 殖産興業に御功績のあった神様です。
 級津彦命・級津姫命 相模国が昔相武と磯長の二国であった頃磯長の国を御開拓なされた神様です。
 衣通姫命 安産守護に霊験あらたかな神様です。
 御由緒
 当社は相模国の二の宮で、古くから二宮大明神又は二宮明神社とも称し、『延喜式』所載の相模十三社の各社であります。縁起書によれば其の創祀は十一代垂仁天皇の朝、当時余綾足柄両郡の東西海浜を磯長国と称せし頃、その国宰たる阿屋葉造が勅命を奉じて当国鎮護のため崇祀せらる。磯長国造大鷲臣命・相模国造穂積忍山宿弥・同国造弟武彦命崇敬ありしを始め日本武尊東征の時、源義家東下りの時、奉幣祈願あり。人皇十九代允恭天皇の皇妃衣通姫命皇子御誕生安穏のため、奉幣祈願あらせられる。現宮司二見家の家系記によれば、六十五代一条天皇の御宇永延元年、粟田中納言次男次郎藤原景平当社の初代神官となり爾来今日まで相続き、現宮司に至り三十九代に及ぶ。建久三年、源頼朝夫人平産のため神馬を奉納せらる。建長四年宗尊親王鎌倉に下向ありし時、将軍事始の儀として奉幣神馬を納められる。北条相模守、小田原北条、小田原大久保等皆累世崇敬深く造営奉幣の寄進少なからず、徳川の世に至り家康公九州名護屋出陣の際祈祷札を献上殊の他喜ばれ御朱印地五十石を寄せらる。爾来徳川累代将軍に及ぶ。正月には必ず江戸城に登城して親しく年礼申上げ御祓札を献ずるのが例となり幕末まで続行せり、明治六年、郷社に列せられ、昭和七年四月、県社昇格の御内示を受け現在に及ぶ。
 社殿
 社殿造営の沿革として記録に残っておるのは、建久年間、源頼朝、社領若干を寄附し社殿造営の事あり、時に川匂七郎政頼之を奉行せり。応永年間兵火に罹り社殿宝物等悉く焼失し、ただ随神の木像のみ存す。応永三十年の頃、再建の事あり、後北条氏更に修覆を加う。
 永禄四年、上杉輝虎小田原を攻むる時、兵火亦社殿に及べり。よって元亀年間、北条氏之を改造せり。特に小田原城よりは当社が丑寅の方角に当れるを以て北条氏の鬼門守護神として格別崇敬が厚かりし、現社地附近に古大門と唱ふる所あるもその謂なり。安永九年、大風雨により社殿著しく破損あり。三十二代神主二見左門忠良、遠近に勧進して天明七年、之を再建せり。
 当時地勢に沿革ありしかば南面して社殿を建立せしという、以後昭和初年に及ぶ。現在の社殿は昭和七年、県社昇格の御内示を受け新築造営工事に着手せり、爾来大東亜戦争、終戦等幾多の困難変遷を経て、昭和二十六年、現宮司に至り完成せり。
 神域
 境内地二千坪、四囲風致林五千有余坪、老杉雲表に聳え、閑静典雅にして荘厳なる霊地なり。県自然環境保全地区に指定さる。
 宝物
 社蔵の宝物の主なるものを挙げると
 器物の部
 〓網石 壱顆 高さ 八寸径四尺 重量 十二貫 網の如く目理ありて網石と名付く二見氏の先祖伊勢二見浦より携へ来りしものにして旱年には河中に入れ雨を祈るに霊験あり。
 〓木像 弍躯 豊磐間戸神・櫛磐間戸神  丈け 三尺五寸 衣冠を着したる状態にして何年頃何人の作なるや詳かならず、されど当社応永年間兵火に罹りし際幸に災を免れしものなり。随神門に奉祀す。
 〓木像 四躯 丈 二尺一寸 これまた前者と同じく応永年間兵火を免れしものである。千有余年以前の御神像であると考古学者は推定せり。
 〓田船 (丸木船) (二宮町重要文化財) 長さ 四尺八寸 巾 七寸八分 厚さ 一寸五分 大正四年旧神領地の水田より発掘されたものにして左半形をとどめて居る、原木をくりぬいたものであり奈良時代のものと推定さる。
 古文書の部 (二宮町重要文化財)
 〓川匂神社縁起書
 〓源頼朝の臣川匂七郎政頼の書状
 〓川匂七郎政頼の孫村隼人の書状
 〓一条殿御内保田遠江守の社号額字一枚及寄進状
 〓小田原北条氏の臣山角刑部左エ門の虎朱印判状参通及書状
 〓徳川家康公の書状
 〓徳川家康の近臣全阿弥の書状
 〓徳川家康公五十石の寄進状の写
 〓宝暦八年正月寺社奉行より登城御許御達書
 〓寺社御役所より旧幕府御判物拾弍通の請求書
 〓明治六年郷社御達書
 〓国府祭古図
 〓二見家系図
 天然記念物 (二宮町重要文化財)
 〓大銀杏 樹齢推定三〇〇年 国道より参道入口に位置す。
 祭儀
 当社の古式祭として元三祭、御的神事、牛王祭等相模風土記にも見えるが、現在行われている御祭儀の主なるものを挙げると。
 元旦祈祷祭 一月一日 午前零時願主氏子崇敬者に授与される護摩札を神前に献備して祭儀が厳修される。
 御筒粥祭 一月十五日 早暁古式に倣い、その年の十二種の穀物の豊凶を占う古式神事である。
 節分祭 二月節分の日 神前にて旧儀による追儺神事の後、鬼追神事が行われ続いて裃姿の多数の年男による小判入福豆が撒かれ、参拝者争ってこれを戴き盛観である。
 祈年祭 二月十七日 五穀豊穰と産業振興とを祈念し、大祭として祭事が厳修される。
 国府祭 五月五日 相模国一宮寒川神社、二宮川匂神社、三宮比々多神社、四宮前鳥神社、平塚八幡神社、総社六所神社以上六社の神輿が祭場たる中郡大磯町国府の神集山に渡御になり合同祭典が執行される。端午祭、天下祭とも呼ばれ千有余年の伝統をもつ祭典として名高い。祭儀中の古式「座問答」は相模国の国造りの古事を伝え有名である。所謂「国府の市」と云って多数の参詣者で賑ふ。昭和四十一年、県無形民俗資料の指定を受ける。
 例大祭 十月十日 「みそぎ祭」とも云う。当日早朝祭典斎行の後神輿社頭を発御、須崎の浜にて神事あり。引続き氏子区域一円渡御相成り夕刻還幸さる。神社にては弓道奉射大会、舞踏等賑々しく催される。
 新嘗祭 十一月二十三日 勤労感謝の日 氏子より奉献された種々の新穀を神前に捧げ新穀感謝の大祭が厳修され、記念講演等催される。
 大祓式 夏越大祓 (六月三十日) 氏子崇敬者の大祓形代を神前に備え古式に倣い厳粛な代祓神事が執行される。 師走大祓 (十二月二十九日)
 其の他 月次祭 (一日・十五日) ・初宮詣・七五三詣・成人祭・結婚式・交通安全祈願・家内安全・商売繁昌・厄除・還暦算賀の奉告祭・各種祈願祭等恒例
 臨時の祭儀が一年を通して賑々しく行われている。
 以上
 
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