菅原道真公を主神とする駒林神社 (旧中駒林村天神社) は、天台宗別当金蔵寺の兼務であった。創祀年代は不詳だが明応三年の覚書 (金蔵寺) の中に、「中村天神社」の名があるところから、それ以前に創祀されたことが推定される。
新編武蔵風土記稿に「天神社、字中村にあり、中分の鎮守なり、前に石段三十三段、石の鳥居をたつ、社前に拝殿あり、三間に二間半、神体木の坐像にて一尺許」とある。
明治十五年四月、天照大神と天満大神を合併、村名に因んで「駒林神社」と改めた。
大正三年十二月五日、八幡神社、十二天神社、熊野神社、妙義山神社の四社を合併、昭和三十六年に慶応義塾より三畝二十九歩を買いうけ、翌年、新築社殿に加え社務所及び境内を整備した。昭和三十九年十月、江戸城外濠の廃石を氏子の協力で申し受け、境内の石垣とした。