勧請年代は不詳であるが、当社は昔、上飯田4、605−2の伊勢山と呼ばれている所にあった「お伊勢宮」で、神明宮として地域の人たちの信仰を集めていた。保存されている天保14年(1843)1月記の棟札に「奉再建天照皇太神宮一宇成就攸」とあり、社殿を新築再建したことがわかる。また慶應4年(1868)8月に別当を勤めていたと思われる片瀬村の「玉藏院」が、郷中安全五穀成就を願って「神明宮御神躰」を寄附したむね箱書きしている。
現鎮座地には「鎌倉郡二十四番札所」だった大石寺があったが、明治初期に無住職となりやがて廃寺になったので、明治29年(1896)に神明宮の社殿を新築、伊勢山から社を移した。
大石寺の本尊は行基作という十一面観音菩薩であるが、廃寺になった折りに隣村の観音寺に像を預けた。しかし地域にたびたび不幸な出来事が起こったことから、戦後の昭和27年に神明宮境内に観音堂を建てて、十一面観音菩薩を安置し今に至っている。
昭和50年に宗教法人を設立したおりに、地名を冠して柳明神社とした。現在の建物は平成15年に氏子の赤誠により改修された。